鉄飛坂帝釈堂

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 前回見た、品川道の途中にある鉄飛坂帝釈堂(目黒区平町二丁目十八番地)は、看過できない史跡である。品川道をたどる旅を始めた私もここで足を止めずにはいられなかった。この帝釈堂には、庚申塔が納められている。

 目黒区には庚申塔が多い。目黒区のホームページにも、区の歴史の中で、庚申塔のことが取り上げられている。それによると、区内には約七十基の庚申塔があるという。庚申塔は、最も身近な史跡であるといえる。

 現地の案内板によると、この鉄飛坂帝釈堂には三基の庚申塔が納められているという。またこの三基とは別に一基の題目塔があるそうだ。

 題目とは、先の九品仏道標でも見た日蓮宗の「南無妙法蓮華経」という題目のことである。また一基には帝釈天の画像が描かれているようだ。この堂が「帝釈堂」と呼ばれる由縁であろう。年代は江戸時代から明治時代にかけてのものである。

 案内板は、日蓮宗の題目または帝釈天を中心とした塔であることと、庚申塔による講が地元の人々により今日も続けられているところに特色があると結んでいる。ただし今日といっても、この案内板が設置されたのは昭和五十八年三月となっている。現在まで続けられているのかどうかはわからない。

 それにしても、また日蓮宗に関わりのある史跡が出てきた。やはりこの辺りは、日蓮宗の影響が相当強いのであろう。案内板を読み、それを改めて感じながら堂の周囲を見回してみると、いくつかの石塔が目に付いた。これらも庚申塔なのだろうと思って近寄ってみると、一つは道標のようであった。それには「左ハ池上 右ハほりの内」と刻まれている。

 この石塔は東向きに建っており、確かに左手の南に大田区の池上がある。池上とは、日蓮宗の古刹池上本門寺のことを指しているのではないか。坂の下を流れる呑川沿いに下って行けば、まさに本門寺に出られる。それとも、この鉄飛坂と交差するように、池上へ向かう往還があったのだろうか。

 一方、右の「ほりの内」とはどこであろうか。漢字で書けば「堀ノ内」だろう。ちょっと考えると、環七通り沿いの「堀ノ内」が浮かんだ。杉並区内だっただろうか。その辺りに何か、日蓮宗に関わる重要なポイントがあるのではないかと思う。私は、この道標が日蓮宗に深く関わっているのではないかと考えたからである。

 帰宅してからインターネットのスクロール地図を広げると、探し物はすぐに見つかった。杉並区堀ノ内には、妙法寺という日蓮宗の古刹があった。いわれを見るとこの寺は江戸時代から庶民の間で「堀の内のおそっさま」と呼ばれ、厄除け信仰が盛んだったという。道標が指している「ほりの内」は、この妙法寺に違いないと思った。鉄飛坂帝釈堂の道標は、日蓮宗に深く関わるものであるといえるだろう。

 近所の歴史を少し掘り返しただけで、この地域における日蓮宗の影響の大きさをひしひしと知った。これはやはり、荏原郡内最大の古刹と言える池上本門寺の影響が強いといえる。荏原の歴史を学ぶ者にとって、池上本門寺はあまりにも巨大な存在である。

(写真は帝釈堂脇の庚申塔である。この後ろに問題の道標がある。)

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by ebara_explorer | 2007-06-14 23:59 | 庚申塔
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