多摩川浅間神社

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 東急東横線が多摩川を渡る直前の左手に社が見える。多摩川浅間神社である。以前は右手の多摩川台公園と橋でつながっていたような記憶があるが、線路の複々線化によって今は分断されている。

 電車の窓から見るたび気になる社だったので、多摩川駅で下車して行ってみた。駅前の通りが河川敷へ出る手前の右手にこんもりとした木立がある。その中を急な石段で上って行くと拝殿がある。

 参道の左手に広場がある。展望台だ。多摩川が見渡せた。しばらく見とれてから拝殿へ参る。拝殿の脇に社のパンフレットがあった。こういうものがあるとひじょうに嬉しい。頂戴し、もう一度展望台へ戻ってから嬉々としてパンフレットを読み始めた。

 それによると、創建は鎌倉時代だという。中世に興味を持つ私としては、その一文で色めき立った。

 伝えられるところによると、文治年間(1185年~1190年)に源頼朝が武蔵国滝野川松崎へ出陣した折、その身を案じた妻・北条政子が後を追ってきたという。だが、足の傷が痛み出したためこの多摩川畔で休むことになった。そのとき、富士山が鮮やかに見えたそうだ。

 富士山が信仰の対象である浅間神社を自身の本尊としている北条政子は、そこで手を合わせ夫の武運長久を祈り、身に付けていた「正観世音像」をこの地に建てたという。この像を村人たちが「富士浅間大菩薩」と呼び、永く尊崇するところとなった。それが多摩川浅間神社のおこりとされている。

 浅間信仰は荏原でも広く見られるものだろう。かつて荏原からは富士山がよく見えたに違いない。各地に富士見坂や富士塚がある。これも信仰の一つの形として、庚申信仰や稲荷信仰と同様に学んでいかなければならないと思う。

 私が訪れた日は梅雨空で、多摩川の流れを包む空は真っ白であった。現代の荏原はすっかり建て込んで、富士山の見えるところもわずかだが、この展望台からは、晴れていれば富士山が望めるはずだ。冬の晴れた日に東横線に乗ったとき、鉄橋の上の車窓に山容を見出したことがある。私は冬晴れの日にまたこの浅間神社を訪れたいと思った。

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by ebara_explorer | 2007-07-19 12:28 | 富士信仰
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