十日森稲荷神社

 先日、近所の桜森稲荷神社を訪れ、稲荷神社についても探っていこうと思い立って以来、私は荏原の稲荷神社を片っ端から探し始めた。まるで狐に取り憑かれたかのように、地図上を睨んで「稲荷神社」の文字を求め続けた。インターネットの検索も駆使して、荏原の中におよそ八十の稲荷神社を見出した。これで私の中の狐は満足したらしい。荏原稲荷神社リストができあがった。

 ただ、これでも荏原の稲荷神社のごく一部に過ぎないだろう。私が探した稲荷神社は地図上に載っているものであり、また「○○稲荷神社」と何らかの呼称のついた社を中心に拾っているからである。それ以外に、地図に載らない小さな社や、民家の中に建つものもあるだろうから、実際の荏原の稲荷神社の数は、この何倍にもなるかもしれない。 

 先述のように、稲荷神社の数は非常に多い。数が多いということは、それだけ稲荷信仰が普及しているということである。そしてその信仰を積極的に流布・宣伝した活動があったということになる。稲荷神社の頂点に立つのは、京都にある伏見稲荷神社だ。この伏見稲荷を中心に稲荷信仰の宣伝活動が行われた歴史がある。

 また、信仰を受け入れる民俗的な基盤もあったとされる。お稲荷様といえば狐だが、古来狐は「田の神」もしくはその使者として信仰されていた。その狐の信仰がお稲荷様と結び付いたようだ。そういう意味では、お稲荷様は農業の神様と言えるが、実際には農業以外にも、漁業・商業神、託宣神・憑物・福神など、いろいろな形で信仰されている。

 こうなると稲荷信仰の在り方を知るのは難しいことだが、ともかくもお稲荷様めぐりもやって行こうと思う。

 さて稲荷めぐりとして最初に訪れたのは、目黒区中央町にある十日森稲荷神社である。かかりつけの病院から遠くないところにあるので、病院帰りに寄ってみた。
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 駒沢通りに面した社は広くなかったが、木々がこんもりと茂っていて風格はあった。案内板によると、この社は旧上目黒村五本木組の鎮守で、もともとは五本木の旧家の屋敷神を移したものであるという。現在でも民家の庭先に見られるような小さい社が、独立発展したものといえるのではないだろうか。屋敷神というのが稲荷めぐりのキーワードになりそうな気がしてきた。

 十日森という名の由来については、「稲荷(とうか)森」から来ているという伝説があるそうだ。なるほど、稲荷は「とうか」と読める。でも、稲荷の森ということは、かつてはもっと社が大きく森のようになっていたのだろうか。

 狐の出迎えを受け拝殿に参る。お参りを済ませ、写真を撮ったりしていると、短い間に一人、二人と近所のおばさんがお参りに来ていた。地元の信仰が篤いんだなあと感心した。

 こうして荏原の「稲荷めぐり」は始まった。しかし、八十もの稲荷神社をリストアップしてしまった。いくら近辺とはいえ、全部回ることができるのだろうか。大変なことになってきたと思う。でも、それ以上にワクワクして楽しくなってくる。ただ、お参りをした後、狐に笑われていたような気もした。

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by ebara_explorer | 2007-07-20 12:32 | お稲荷様
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