木霊稲荷神社

 久しぶりにお稲荷様めぐりに出かけた。今回の目的地は旗の台である。

 旗の台駅の北口から、商店街を抜け中原街道沿いに出る。通りを少し北へ向かうと、レストランの陰に小さな祠が見えた。旗の台一丁目二番地にある木霊稲荷神社である。
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 祠は何とも小さかった。しかもレストランの建物がせり出していて、圧迫されているようでもある。私が今まで「稲荷神社」という名前で訪れてきた社の中では、一番小ぢんまりとしている。狐様も小さかった。

 祠の脇に「木霊稲荷神社縁起」と書かれた木札が立っている。このような小さな社のいわれを是非知りたい。そう思って読もうとしたが、札の字はにじんでいて、ほとんど判別がつかない。わずかに最初の「この地に・・こと五百年」というところと、途中に「伏見」という文字が見えるだけだ。しかもこの札は腐食を防止するためか、透明のケースに覆われている。それが夏の日差しに反射したりして、余計に見にくい。

 人通りの多い街道沿いで、私はしばらく木札と格闘していたが、縁起の判読は諦めた。きっと何かの文献に、この縁起が記されていることと思う。それを絶対に探し当てようと思った。

 祠の裏手に回ると、別の案内板が立っていて「中原街道高札場跡」と書かれていた。中原街道沿いのここに江戸時代、高札が立っていたようである。案内板によれば、江戸時代から大正時代まで、この地の俗称を「札場」といったそうだ。
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 さらに道を隔てた反対側の物陰には、庚申供養塔がひっそりとあった。寛文五年(1665)旧中延村庚申講中造立の銘がある。これは今まで見てきた庚申塔とは違う。青面金剛が彫られていない。猿もいない。日も月もない。代わりに石塔の真ん中には題目が刻まれている。日蓮宗のものだ。傍らの案内板には、この辺りの旧中延村が「全村のほとんどが日蓮宗といわれる」と書かれていた。またも、日蓮宗の影響の強さを思い知らされる史跡であった。
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 供養塔の土台には、小さな箒が立てかけてあった。花も水も供えてある。近所の人が毎日手入れしているのだろう。

 それにしてもここは、稲荷神社、高札場、庚申供養塔と、史跡が固まっている。中原街道の中でも、人の集まるところだったのではないだろうか。車が行き交う現代の騒音の向こうから、江戸時代の街道を行く人々の雑踏が聞こえてくるような場所だ。



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by ebara_explorer | 2007-09-07 22:41 | お稲荷様
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