大井の井

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 大井の来迎院から住宅地の中の細い道を少し北へ向かって行くと、光福寺という寺がある。創建は延暦元年(782)と伝える古刹だが、ここには大井の井なるものがある。

 境内の案内板によれば、これは大井の地名のもとになった井戸であるという。親鸞聖人門下の関東六老僧の一人である了海上人が産湯として使った井戸とされる。

 寺伝によると、了海上人の父が子授けを蔵王権現に祈願したところ、妻が懐妊し男子を出産したそうである。これが後の了海上人である。そのとき、この寺の境内に泉が湧き出したので、それを産湯として使い、大井と名付けたということだ。この井戸からは今でも水が湧き出しているという。

 これもまた、荏原における水の信仰の一つと言えるのではないだろうか。特に大井という地名のもとになっているということからも、重要である。また、この光福寺の山号も「大井山」となっている。尚、寺の名を光福寺と改めたのは了海上人であり、そのときから浄土真宗になっている。

 それから光福寺の境内には、大きなイチョウの木がある。高さ30メートル、幹の周囲6.4メートルで、樹齢は八百年というから、大井の井の話が生まれた頃までさかのぼる木であると言える。かつては海上を行く船が目印にしていたというから、ずいぶん遠くからも見えたのだろう。だが、今は都会の建物の中に埋もれて、海から望むことはきっとできないと思う。



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by ebara_explorer | 2008-12-18 18:47 | 水辺
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