2007年 07月 21日 ( 1 )

久が原西部八幡神社

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 お稲荷様めぐりに熱くなってきたが、八幡宮めぐりも忘れてはいない。こちらも興味のあるテーマだ。

 荏原の八幡宮を探したとき、ある地域に八幡宮が密集していることに気付いた。大田区の久が原近辺である。この辺りには五つもの八幡宮を見つけた。それでいくつかをまとめて訪れてみることにした。

 東急池上線の久が原駅で下車し、最初に訪れたのは西部八幡神社である。駅前から続くライラック通りから、少し住宅街の中へ入ったところにあった。境内は崖面の上で、道が下り始めようかというところに位置している。

 この西部八幡神社に近接して、東部八幡神社もある。正しく言うと、久が原西部八幡神社と久が原東部八幡神社である。名前から察するに、両社は関係があるのだろうと思っていたが、もとは一つであったようだ。

 江戸時代、久が原の地は西側の六郷領と東側の馬込領に分断されてしまった。それで馬込領にあった八幡神社(現在の東部八幡神社)を分祀し、西部八幡神社が創建されたという。そしてそれぞれが鎮守として信仰され、現在に至っている。

 木々の生い茂る西部八幡神社の境内に入って行くと、朱塗りの社殿が現れた。梅雨空の曇天の下で、それは戸惑うくらいに朱かった。お参りしようとすると、賽銭箱のだいぶ手前に柵がしてあった。賽銭を投げ込むには少し距離がある。どうしようかと思って良く見てみると、柵の一部が押せるようになっていた。恐る恐る押し開けて中へ進み、お参りを済ませた。

 社殿の向かって右側に「社殿御造営紀念」という石碑があった。近寄って見てみるとまず由緒書きがあり、天平神護元年(765)に宇佐八幡宮を勧請した旨が書かれていた。ずいぶん古い謂われがあるたものだと感心した。

 石碑によれば、現在の社殿は約三十年前の昭和五十三年(1978)に完成したそうだ。社殿としては新しいものと言える。それ以前の社殿は約二百年前の文化七年(1810)の造営であったという。老朽化したので建て替えたと書いてある。以前の社殿を見てみたかったものだと思う。

 ふと現在の社殿に目を遣りなおすと、右手奥に小さな社が見えた。稲荷神社であった。ちょうど塗り直しをしているのか、狐様がビニールに包まれていた。その前で一人の作業員が黙々と働いていた。八幡宮の中に稲荷神社があるのは珍しくないことだと思う。

 境内を出ると、崖の下に当たる位置に安詳寺というお寺があった。池上本門寺が近いだけに、この寺は日蓮宗であった。


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by ebara_explorer | 2007-07-21 15:49 | 八幡宮めぐり