2007年 09月 11日 ( 1 )

旗岡八幡神社補足

 近所の史跡めぐりの旅は、やり直しがきく。見学した後に復習した結果、こんなこともあったのか、あれを見ておけばよかった、ということがあって、もう一度行きたくなっても、すぐに行くことができる。

 以前訪れた旗岡八幡神社には、補足しておかないといけないことがあった。それは神社に隣接する法蓮寺のことである。旗岡八幡神社を訪れた後に調べたところ、この寺は旗岡八幡神社の別当寺であったという。

 すでにいくつかの八幡神社を訪れて確認している通り、荏原では八幡神社の近くに日蓮宗の寺院があり、そこが八幡神社の別当寺になっていたという例が多い。旗岡八幡神社も、そういえばお寺がとなりにあったなと思って調べてみると、やはり日蓮宗の寺で、神社の別当寺になっていた。前回、旗岡八幡神社を訪れたときは法蓮寺を素通りしていたので、改めてこの地を訪れてみることにした。

 法蓮寺は東急大井町線の荏原町駅を降りてすぐのところである。電車からもよく見えるので、前々から見知っていたが、訪れるのは初めてである。
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 大きな本堂の奥にはちょっとした庭園もあり、落ち着いた雰囲気のする寺であった。庭園の脇に、石碑が建っていた。正面には「当社八幡宮 南無妙法蓮華経 日蓮大聖人御勧請」と刻まれている。題目の脇に「八幡宮」とあるのは何とも違和感がある。だがこれこそ、法蓮寺が旗岡八幡神社の別当寺であったことを示すものだと言える。
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 石碑の両脇には「正徳五乙未天 武州荏原郡中延村 長林山法蓮寺」「五月八日市谷田町下二丁目 願主川口・・・ 石屋・・・」とあった。題目供養塔のようなものであろう。正徳五年は江戸時代中期の1715年にあたる。この法蓮寺と旗岡八幡神社は、江戸名所図会に「中延八幡宮」の名で登場している。江戸郊外のちょっとした名所でもあったようだ。

 また、当寺は鎌倉時代にこの辺りを領していた荏原氏の館跡とも伝えられているそうだ。まさに荏原の中心というべき地なのかもしれない。荏原をめぐる私にとっては重要な場所だ。

 法蓮寺を辞してから、旗岡八幡神社を再訪してみた。前回訪れたのは茅の輪くぐりの頃だったが、季節は流れて晩夏になっている。神社では秋祭りの準備が行われつつあった。

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by ebara_explorer | 2007-09-11 22:30 | 八幡宮めぐり