2007年 10月 17日 ( 1 )

奥沢神社

 八幡宮めぐりを始めるにあたり作成した八幡神社リストを見直してみることにした。近代における合祀の歴史を考えると、八幡神社はもっとあるのではないかと思ったからである。これまでは「○○八幡神社」という名の付くものを対象としていたが、それ以外にも八幡神(誉田別命)が祀られている神社のある可能性が考えられる。

 その一つが、我が家から意外と近いところにあった。世田谷区奥沢の奥沢神社である。調べてみると、この神社の祭神は誉田別命であり、もともとは八幡神社と呼ばれていたことがわかった。

 以前から奥沢を地図で眺めていると、八幡小学校という名前の小学校が目に付いていた。この八幡はどこの八幡を指しているのか、ずっと考えていたが、それは旧奥沢村の鎮守でもある奥沢神社に他ならなかったわけである。

 さて、社伝によるとこの奥沢神社は、世田谷城主吉良氏の家臣大平氏が奥沢城を築くにあたり守護神として勧請したものであるという。土地の領主が勧請した八幡神社ということになる。しかも吉良氏の家臣であるから、ここは八幡宮めぐりの対象であると同時に、吉良氏の史跡であるとも言える。

 ところで、ここで言う奥沢城は、現在の九品仏浄真寺に比定されている。奥沢神社から北西の方向にある。また九品仏浄真寺の近くを九品仏川が流れており、地形的にはその谷底に近いところに城が位置していたことになる。

 一方こちらの奥沢神社は、城跡から九品仏川を下って自由が丘の街に出て、そこから坂を上ってきたところに位置する。谷の上にある社である。そういう地形を考えると、奥沢神社は城の南東の要所であったと考えられる。
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 奥沢神社の前は何度も通ったことがあったが、境内に入るのは初めてのことであった。鬱蒼とした木立の生い茂る境内であったが、思っていたより狭かった。鳥居をくぐって右手に本殿があった。ドッシリとした造りである。尾張の檜材を使って室町時代の様式を再現したものだそうで、昭和四十五年(1970)の再建だという。本殿へお参りをしようとすると、境内の掃き掃除をしていた女性が挨拶をしてきてくれた。慌てて挨拶を返した。
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 お参りなどを済ませ、入口の鳥居のところへ戻ると「大蛇お練り行事」についての説明があった。奥沢神社で有名なのは、鳥居に巻かれた藁の大蛇である。これは江戸時代の中頃に、奥沢で疫病がはやっていたとき、名主の枕元に八幡大神が現れ「藁で作った大蛇を村人が担ぎ村内を巡行させるとよい」と告げたことから始まったという。さっそく行ったところ、疫病はたちまちに治ったそうだ。これが厄除けの大蛇として現在まで伝えられているということである。現在は毎年九月に新しい大蛇を作って奉納し、昨年の大蛇は鳥居にかけられるという。私が訪れたのは九月半ばであったので、ちょうど昨年の大蛇が鳥居にかけられたばかりであった。



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by ebara_explorer | 2007-10-17 21:08 | 八幡宮めぐり