2007年 10月 24日 ( 1 )

小山八幡神社

 小山八幡神社へ裏手の西側から近付くと、鬱蒼とした木立が見えてきた。かなり背の高い木々である。その木立の中へ飛び込むと「荏原七福神」の青い幟が見えてきた。小さな祠には大国天が祀られているようである。荏原七福神を訪れるのは、荏原町の法蓮寺(恵比寿様)に続いて二つ目である。この荏原史跡めぐりの旅を続けていくことで、やがて七福神すべてをめぐる日が来るように思う。
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 正面に回って本殿に参った後、由緒書きを探したが、どこにもなかった。しかし境内の雰囲気や、本殿のしっかりとした造りからして、江戸時代にこの辺りの旧小山村の鎮守であったことは窺える。
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 本殿の脇には小さなお稲荷様があった。こちらは紅い幟が立っている。村のどこかにあったお稲荷様が、この八幡様に合祀されたのだろう。こういう光景もだいぶ見慣れてきた。

 鳥居のある東側を向くと斜面になっていた。境内は高台にあることがわかる。すぐ東に立会川の流れがあるはずだ。境内からは都心方向へ建ち並ぶビル群が見渡せた。
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 神社に接して摩耶寺という寺があった。墓地の間の細道を抜けてその寺へ行ってみる。日蓮宗の寺であった。これまでいくつも見てきたように、荏原には八幡神社に接して日蓮宗の寺が存在するというパターンが多い。この摩耶寺も、小山八幡神社の管理を司る別当寺になっていたのではないだろうか。

 摩耶寺の名の由来は、釈迦の母である摩耶夫人の像が安置されていることに由来しているようだ。木造で極彩色の摩耶夫人像は、像内の墨書から延宝元年(1678)に日明が製作したものと知れるという。また、寺自体の建立は寛文七年(1667)であるという。
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 本堂は新しいコンクリート造りであったが、寺の名を記した扁額は古めかしく重厚であった。訪れたのは10月に入ったばかりの夕方であったが、境内には彼岸の名残の曼珠沙華が咲き残っていた。
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 帰宅してからインターネットで「小山八幡神社」を検索すると、東京都神社庁のホームページに神社の由緒書きが載っていた。それによると、創立年月は不祥だが社伝では鎌倉時代の創建だという。また、口伝では長元三年(1030)には旧小山村本村の氏神として崇敬されていたという。思っていた以上に古い由緒をもつ八幡神社であった。



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by ebara_explorer | 2007-10-24 23:28 | 八幡宮めぐり