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広重「名所江戸百景」の世界

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 川崎市市民ミュージアムで開かれている「広重「名所江戸百景」の世界」展に行ってきた。これは、歌川広重の描いた『名所江戸百景』全百二十点を一堂に取り揃えた展覧会である。

 この展覧会で特徴的なことは『名所江戸百景』の展示順である。通常、四季の別や制作年代順に並べられることの多い『名所江戸百景』であるが、ここでは地域別に並べられていた。それも現代の行政区画に沿った分け方である。これは「庶民から見た江戸の名所とその広がりという観点から、御府内からその外へと、名所の拡大に視点をおいて」いるためであるという。

 そのため、私が興味を抱いている荏原の中の『名所江戸百景』を探すのは容易であった。すなわち、品川区の四景、大田区の四景、目黒区の五景がこれに当たる。百二十点すべてを詳細に見学するのは大変であるため、私はこの十三景を特にしっかりと眺めることにした。

 ただ、厳密に言うと荏原は江戸ではない。そのことは、展示の最初に示してあった「江戸府内朱引図」からも窺えることである。それを見ると、現在の品川区・目黒区・大田区・世田谷区は江戸の範囲から外れている。品川宿も江戸の外ということになっている。それでも、十三景も荏原の地が描かれているということは『名所江戸百景』が実際の江戸よりも広い範囲を対象としていたことがわかる。

 さて、まずは品川区の四景をじっくりと眺めた。品川区に当たるのは「品川御殿やま」「月の岬」「品川すさき」「南品川鮫洲海岸」の四景である。このうち、三つには海が描かれている。品川区の四景のポイントはやはり海であると言える。海の描かれていない「品川御殿やま」も、海沿いにある名所として知られているところだ。

 ところで、この「品川御殿やま」では、幕末の台場建造のために土砂が削られたところが描かれている。一方の「品川すさき」では、すでにあったはずの台場を描いていないという。これは「品川すさき」を景勝地として描くため、広重が意図的にその存在を消したのだそうだ。二つの絵を対比してみると面白い。

 次いで、大田区の四景を眺めた。大田区に当たるのは「蒲田の梅園」「八景坂鎧掛松」「はねたのわたし弁天の社」「千束の池袈裟懸松」の四景である。ここでは梅や松といった木が印象的だ。特に松の名所は二つもある。

 また、残りの一つの「はねたのわたし弁天の社」は『名所江戸百景』の南端に当たるという。ここは江戸からかなり外れた位置にあるが、江戸の人たちにも名所として良く知られていたのだろうか。

 最後に、目黒区の五景を眺めた。目黒区に当たるのは「目黒新富士」「目黒元不二」「目黒千代が池」「目黒爺々が茶屋」「目黒太鼓橋夕日の岡」の五景である。ここで印象的なのは、やはり富士山の眺めである。五景のうち「目黒新富士」「目黒元不二」「目黒爺々が茶屋」の三景に富士山が描かれている。しかも二箇所には富士塚がある。また、富士山の描かれていない「目黒千代が池」も、高台に上れば富士山の見える名所であったという。目黒の地は、江戸から富士山を見る名所の西端であったと言える。いずれも目黒川東岸の高台からの眺めである。

 それから「目黒千代が池」を初めとして「目黒新富士」と「目黒元不二」にも桜が描かれている。この辺りは富士見の名所であると同時に桜の名所であったことも窺える。

 残りの一つの「目黒太鼓橋夕日の岡」も目黒川に架かる橋である。目黒川辺りはかろうじて「江戸」と認識されていたということであろうか。ただ、この「目黒太鼓橋夕日の岡」だけは雪景で、目黒区の五景の中でもちょっと異彩を放っている。白い雪の中に流れる藍色の川面が印象的だ。広重の絵では青や藍が特徴的で、海外からも「ヒロシゲブルー」と呼ばれて賞賛されているそうだ。

 さて『名所江戸百景』全体を通して見てみると、他の場所に比べて荏原の十三景は寂しい印象があった。品川区の四景からはかろうじて品川宿の賑わいが感じられたが、大田区の四景と目黒区の五景は人も建物もまばらで、何とものどかな様子が窺えた。それが「江戸」における荏原の位置づけなのかもしれないと思った。

 この『名所江戸百景』は私が大好きな浮世絵である。何度見ても飽きない。すでに荏原の中の『名所江戸百景』についてはいくつか巡っているが、今年は残りの地についても巡り、十三景を完遂したいと思っている。



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by ebara_explorer | 2009-01-11 18:14 | 名所江戸百景